北西航路

2014.10.07

北西航路

15世紀から17世紀前半はヨーロッパ人が新しい富を求めて海洋進出を図り、新航路や新大陸を次々に発見し、大航海時代と呼ばれた。13世紀のマルコポーロの『東方見聞録』などの情報により、東洋のインド、中国、日本などは財宝に富んだ国であると信じられていた。しかし、そのアジアへ進出するインド洋や大西洋の航路は、スペインやポルトガルがほとんど独占していた。

そこでイギリス、オランダ、ロシアなどは東洋への最短航路を求めて、北極海の探査を始めた。ヨーロッパから北極海の西半球側、北アメリカ大陸の沿岸に沿ってベーリング海に達するルートは『北西航路』、東半球側のユーラシア大陸沿岸沿いのルートは『北東航路』と呼ばれた。北西航路はイギリスやオランダが、北東航路はロシアが中心になり探査されていった。

大西洋の北方海域では漁業や狩猟も活発に実施されていった。16世紀末からはスバールバル諸島周辺で捕鯨も行われるようになった。

1845年イギリスを出港したジョン・フランクリンの探検は北西航路の開発を目的にしていた。遭難の知らせが入り1848年から約10年間に、40もの捜索隊が派遣された。このためカナダ北西岸の様子がかなり解明され、北西航路の存在が確実視されるようになった。しかしその航路が実際に通過されたのは、1903〜1906年、2回(年)の越冬をしながらベーリング海に達したアムンゼンによってである。

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